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東京高等裁判所 平成2年(う)236号 判決 1991年1月16日

本籍

京都市上京区下立売通御前通西入大宮町四八一番地

住居

釧路市新富士町三丁目七番一九号

会社員

谷篤

昭和一五年四月五日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、平成元年一二月二一日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官平本喜祿出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人柴田秀名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官平本喜祿名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、原判決は、被告人が藤井章夫(以下「章夫」という。)、小畑一夫及び中村完と共謀の上、架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により、章夫及びその妻である藤井芳江(以下「芳江」という。)の相続税をそれぞれ免れ又は免れさせた旨認定しているが、被告人は、章夫が小畑に対し相続税を五〇〇〇万円程度合法的に減額出来ないかと希望を述べているのを見て税金に強い中村を思い出し、中村に任せれば五〇〇〇万円程度の節税方法を案出してくれるものと思い、その考えを小畑に伝えて、両名の間の橋渡しをしたものに過ぎず、架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により二億二〇〇〇万円余の相続税を違法に免れることを計画、実行したのは中村、小畑、章夫らであつて、被告人には右脱税について認識した上でこれに加担する意思の連絡は認められず、これを認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討するに、被告人が章夫、小畑一夫及び中村完と共謀の上、本件の被相続人である藤井隆次(以下「隆次」という。)が坂本勝夫に対し、借入金四億円及び利息二〇〇〇万円を負担しているとして、右隆次の養子である章夫及び実子である芳江が右債務をそれぞれ相続したので、これを控除すると、章夫の相続税は三八六万二七〇〇円であり、芳江のそれは六三二万七六〇〇円である旨を記載した内容虚偽の相続税申告書を所轄税務署長に提出して、章夫の相続税一億一〇八三万七二〇〇円を、芳江の相続税一億一七九三万三九〇〇円をそれぞれ免れた旨認定した原判決は正当として是認することが出来る。

所論に鑑み、若干補足して説明するに、関係証拠によると、次の事実が認められ、これに反する被告人の原審公判廷における供述は、他の関係証拠に照らし、にわかに措信することが出来ない。すなわち、

一  昭和五九年一〇月一八日隆次が死亡し、その養子である章夫及び実子である芳江の両名がその遺産を相続した。そこで、同人らは、同月下旬ころ、税理士荻原育子に対し、相続税の申告手続を依頼したところ、同年一一月末ころに至り、遺産の総額が約四億九〇〇〇万円もあつて、その相続税の合計額が二億四〇〇〇万円位になる旨知らされた上、遺産分割協議書も作成して貰つたので、同六〇年二月五日ころ、その遺産分割協議書にそれぞれ署名押印して、これを保管する一方、相続した土地を売却して納税資金を捻出しようと考えていたが、相続税が少しでも安くならないものかと腐心し、その旨を出入りの不動産業者である石射克之や臼井一政らに話しておいた。その結果、同年三月下旬ころに至り、右石射から「京都の方の人で税金に詳しく、同和にも顔がきき、力がある人がいるので一度行つてみませんか。」と勧められた。そこで、章夫ら夫婦は申告期限も迫つており、税金が安くなるというのであれば話を聞くだけでも損はないと思い、その誘いに応じることとした。

二  他方、半年位同和対策新風会の理事をし、本件当時、全日本同和会田辺支部の顧問をしていた小畑は、昭和六〇年三月下旬ころ、石射から「章夫ら夫婦が財産を相続して、税理士に相続税を計算して貰つたら、相続財産が四億円位になり、相続税が二億五〇〇〇万円位掛かるので、その税金を五〇〇〇万円程安くして貰える方法はないだろうか。」と脱税の相談を持ち掛けられたので、章夫ら夫婦に会つてみることにした。そして、同月二七日に至り、章夫らが同年四月一日に京都に来るという連絡を受けたので、以前、同和対策新風会の実践委員長の地位にあつた被告人に対し、「厚木の藤井夫婦らが相続税のことで京都に相談に来るから、都合がついたら一緒に聞いて貰えないか。」といつて、被告人にその席に出席して欲しい旨依頼し、その了解を得た。

三  章夫ら夫婦は、同年四月一日ころ、石射克之や臼井一政と連れ立つて京都市内に居住していた小畑一夫方に赴き、同人に対し、「父が亡くなり土地家屋などを相続したので、税理士に相続税を計算して貰つたところ、二億五〇〇〇万円位になるといわれたが、この相続税が五〇〇〇万円位安くならないだろうか。」といつて、本件脱税を依頼した。これに対し、小畑は、「同和は時限立法で保護されていて普通の人に出来ないような交渉が出来る。とにかくやつてみましょう。」といつて、章夫ら夫婦の依頼を引き受けることにした。

四  被告人は、小畑がその自宅において章夫ら夫婦と会つた際、その席に立ち会い、章夫ら夫婦の話を聞いたが、その趣旨は相続税の脱税依頼であると理解した。そして、以前同和対策新風会に所属していた被告人は、次のような諸事情、すなわち、同和団体が納税者の税務申告手続等を代行した場合、税務当局は同和団体とのトラブルを恐れて税務調査を控えるので、過少申告しても摘発されないことが同和関係者の間で広く知れ渡つていたこと、同和対策新風会に所属し、全国統括局総局長の地位にあつた中村が、同和の名を用いて税務当局と交渉し、依頼者の主張を通して、その依頼者から報酬を受け取るなどの税金対策に活躍しており、その知識も豊富であること、同和の手掛ける脱税はその殆どが相続税と不動産譲渡税であり、しかも、相続税の脱税の手口は、相続人が被相続人から架空の債務を承継したことにし、そのための借用証書を偽造したり、架空の債務を計上した遺産分割協議書を作成して、正規の税額の五ないし一〇パーセント程度の税額を申告するというものであること、その報酬として依頼者から正規の税額の五〇パーセント前後の金員を受け取つていたことなどの諸事情を十分承知していたので、中村に依頼すれば章夫ら夫婦の本件脱税工作が成功すると思つた。

五  被告人は、当時金銭に窮しており、また中村も借金を抱えて困つていたので、本件脱税に関与し、中村や小畑らと共に報酬を得ようと考え、小畑に対し、「この話、当てがないんだつたら、新風会の中村が税金のことに抜群に強いのでやらせてみたいんだけどどうやろうか、そうすれば自分も小遣いが入るし助かるんやけど一度中村に会つて貰えないか。」といつて、小畑の了解を取り付ける一方、中村に電話を掛けて、「完さん、厚木の方で税金の仕事があるんだけど、小畑のところに来た仕事なので、小畑を紹介するから会つてみないか。」と話したところ、中村は、「助かるわ、任せておけ、どこへ行つたらいいのか。」といつて、すぐ引き受けてくれた。

六  そこで、被告人は、同月二日、ホテルニューオータニにおいて、小畑に中村を紹介した。その席上、小畑は、中村に対し、「厚木瓦斯の常務をしている藤井さんと奥さんが相続をしたんだが、その相続税が二億五〇〇〇万円位になるので、五〇〇〇万円程値引きにならないか。中村さん、今でもやれるやろか。今はなんぼほどでやるのか。」といつて、その脱税手続を依頼したところ、中村は、「そんなものやれる、大丈夫や。五〇〇〇万しかいかんのか。もつとやるのも一緒やから、俺に任せてくれ。大体四〇から五〇パーセントや。」といい、更に、「この件で五〇〇〇万円貰いたい。」と要求した。小畑としては、中村よりも多くの報酬を取得出来るものと考えていたので、中村の右要求を了承すると共に、「この仕事は全日本同和会が初めに唾をつけた仕事やから四〇〇〇万円の礼がいるので、その分見ておいても良いか。」といい、中村もこれを了承した。なお、その席で、被告人には報酬として二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円を支払う旨も取り決められた。そして、その翌日、被告人は、小畑及び中村と共に、厚木まで出掛け、章夫方近くの喫茶店で同人夫婦に会つた。その際、小畑は、章夫ら夫婦に対し、「こちらが今度税金をやつてくれることになつた中村さんです。」といつて中村を紹介し、章夫らも中村に対し、「よろしくお願いします。」といつて、本件脱税を依頼した。

七  中村は、同月五日ころ、小畑を介し、章夫から荻原税理士の作成した相続税申告書及び遺産分割協議書を受け取り、これらの関係書類を用いて、隆次が昭和五八年二月二一日に坂本勝夫から四億円を利息一か月につき一分の割合で借り入れた旨を記載した同日付借用証書及び章夫ら夫婦がその債務の存在を認め、これを責任をもつて弁済する旨を記載した同五九年一一月一九日付確約書を偽造した上、これらの債務を章夫ら夫婦が承継した旨記載した遺産分割協議書及びこれを基に章夫の相続税は三八六万二七〇〇円、芳江のそれは六三二万七六〇〇円となる旨記載した内容虚偽の相続税申告書をそれぞれ作成し、これに章夫ら夫婦の署名押印を貰い、同六〇年四月一五日、右申告書等を厚木税務署に提出した。そして、同月一八日に至り、右申告書に記載した章夫ら夫婦の相続税合計一〇一九万〇三〇〇円を小畑の工面した金員で納付した。

八  その間の同月一〇日ころ、中村は、厚木税務署近くの喫茶店で被告人及び小畑と落ち合い、中村のみが厚木税務署に出向いて、応対に出た同税務署総務課長上妻力夫に対し、同和対策新風会の中村と名乗り、「厚木税務署管内の藤井章夫夫婦の相続税の申告につき、我々の組織で依頼を受けて来た。同人ら夫婦の父親が数億円の債務を残しているので、これを差し引いて申告する。」旨伝えた。その後、右喫茶店に戻り、待機していた被告人及び小畑にその旨報告した上、その場で本件の報酬について話し合つた。その際、中村は、被告人と小畑に見えるようにして、新風会の便箋に税金二〇〇〇万円、全日本同和会へのお礼四〇〇〇万円、中村の取り分として、合計五〇〇〇万円(内訳同和会への寄附金一五〇〇万円、自民党への政治献金五〇〇万円、経費五〇〇万円、書類代五〇〇万円、報酬二〇〇〇万円)、被告人へのお礼一〇〇〇万円と記載し、これを小畑に渡した。なお、中村としては、小畑の取り分四〇〇〇万円は既に確保されているものと理解していたので、その便箋には記載しなかつた。一方、小畑としては、章夫から同人らの相続税を含めて一億八九〇〇万円(税理士の計算した相続税額二億三九〇〇万円から章夫に依頼された五〇〇〇万円を差し引いた金額)を貰う積もりでいたので、中村の右提案に対し、「分かつた。」といつて了承し、被告人もこれを了承した。同年四月一八日に至り、本件相続税の申告手続等が終了したので、小畑は、章夫に対し、本件相続税申告書(控)、納付書二通及び遺産分割協議書を渡し、それと引換に章夫から立て替えた相続税分をも含めた合計一億八九〇〇万円の富士銀行厚木支店発行にかかる保証小切手二通を受け取り、これを換金し、報酬として、中村に対し五〇〇〇万円を、被告人に対し二七〇〇万円を支払い、その残額は自己の報酬及び立替金に充当した。

以上の認定事実に徴すると、被告人は、章夫ら夫婦が小畑に対し「相続税が安くならないか」と相談するのに立ち会い、依頼の趣旨が脱税にあることを理解しながら、同和対策新風会の中村が税金対策に辣腕を有することを思い出し、小畑に対し中村に実行を任せることを進言すると共に、中村に話を持ち掛けてその同意を得、両者を引き合わせているのであつて、本件共謀関係成立の要ともいうべき重要な役割を果たしているのである。そして、ホテルニューオータニにおける三者会談の際、中村が五〇〇〇万円の報酬を要求し、小畑も全日本同和会に四〇〇〇万円の謝礼を払うほか、相当の報酬を取り、被告人にも二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円の報酬を出すという話を聞かされているのであるから、この時点では、中村が実行しようとしている相続税減額の規模が、当初章夫ら夫婦から依頼された五〇〇〇万円を遙かに上回る高額なものになることは、十分承知していたものというべきである。更に、そのような高額な相続税の減額が、合法的ないわゆる節税の方法で実現できる筈のないことは明らかであり、中村から具体的な犯行手口の説明を受けなくとも、かつて同和対策新風会に属していた被告人としては、中村が同和団体の勢威を借り、新風会の常套手段である架空債務の計上その他これに類する不正な手段方法によつて相続税の逋脱を実行するものであることが分かつていた(むしろ、それ故にこそ、同人の手腕に期待して同人を共犯者に引き入れ、実行を任せた)ものと認めるのが相当である。

してみれば、被告人は章夫ら夫婦の相続税逋脱の規模や手段方法につき、右に説示したような認識の下に、小畑、中村、章夫との間に本件相続税逋脱の共謀を遂げ、犯行に加担したものというべく、合法的な節税以外の認識を欠くとか、小畑らとの意思の連絡がなかつたとする所論は採るを得ない。原判決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

本件の事実関係は、前段説示のとおりである。右によれば、正規の課税価格合計四億九一九一万円に対して四億二〇〇〇万円もの架空債務を計上するなど、犯行の手段方法は極めて大胆かつ巧妙であり、その結果、章夫、芳江分を合計した逋脱額が二億二八七七万円余に上り、逋脱率も約九五パーセントの高率を示すなど、犯情はすこぶる悪質といわざるを得ない。そして、被告人は、当時金銭に窮していたため、小畑が章夫から脱税の相談を受けたことを奇貨とし、多額の報酬を得る目的で、小畑に中村を紹介するなど、本件共謀関係の成立に積極的かつ重要な役割を果たしたばかりか、二七〇〇万円もの報酬を取得しているのであつて、その刑責をたやすく軽視することは出来ない。

してみると、被告人は、本件について深く反省していること、実際の申告手続を担当したのは中村であり、取得した報酬についても、同人や小畑に比して少ないなど、被告人の立場は全体として従属的であること、被告人には業務上過失傷害や暴行による罰金前科が二犯あるのみで、他に前科前歴がないこと、共犯らとの刑の権衡等被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、被告人を懲役一年(三年間執行猶予)及び罰金五〇〇万円に処した原判決の量刑はやむを得ないものであつて、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

(なお、本件逋脱罪は、相続税の納税義務者である章夫らの犯行に加担した身分犯であるから、被告人を本件逋脱罪で処罰するには刑法六五条一項をも適用すべきであるところ、原判決は法令を適用するに当たり同条項を適用していないので、この点で原判決には法令適用の誤りがあるが、その誤りが判決に影響を及ぼすものとは解されない。)

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については同法一八一条一項本文を適用して被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

平成二年(う)第二三六号

○控訴趣意書

被告人 谷篤

右被告人に対する相続税法違反被告事件につき、弁護人は左記のとおり控訴趣意書を提出する。

平成二年四月六日

弁護人 柴田秀

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一点 原判決には明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。

一、原判決は、被告人谷につき、藤井章夫、小畑一夫、中村完と共謀の上、架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により、右藤井章夫の相続税を免れ、かつ、同人を代理人として妻・芳江の相続税を免れさせようと企て、……被相続人・藤井隆次には坂本勝夫に対する借入金四億円とこれに対する未払利息二〇〇〇万円の合計四億二〇〇〇万円の債務があり、……それぞれの取得価格からこれを控除すると、藤井章夫の課税価格は二七五四万一〇〇〇円、妻・芳江の課税価格は四五〇二万八〇〇〇円となり、これに対する藤井章夫の相続税額は三八六万二七〇〇円であり、妻・芳江の相続税額は六三二万七六〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書を……提出し、不正の行為により、藤井章夫の正規の相続税額一億一四六九万九九〇〇円との差額一億一〇八三万七二〇〇円を免れ、かつ、妻・芳江をして同人の正規の相続税額一億二四二六万一五〇〇円との差額一億一七九三万三九〇〇円を免れさせたと認定したが、これは、判例の採用する共謀共同正犯理論を目一杯に適用した結論と解されるが、この結論には左の如き疑問がある。

二、第一に被告人谷はどのような方法により相続税を減額させるかについて、中村との間において意思の連絡を欠き、架空債務を計上する方法で脱税をするという認識を全く有していない。

第二に金額の点についても、藤井が五〇〇〇万円程度合法的に減らすことができないかと希望を述べているのを認識しているのみで、藤井夫妻合わせて二億二〇〇〇万円余もの脱税をするということについては小畑・中村・藤井章夫間には意思の連絡はあったものの、被告人谷にはこの金額の脱税をすることについての意思の連絡はない。共謀共同正犯を認定するにつき、犯行の具体的方法・客体の品質・量等について細部にわたって打合せがなされていることは必要ではないとされるが、本件の場合、被告人谷に脱税をすることについてまでの認識があったといえるか疑問である。要するに、被告人谷は、藤井が、税理士の計算では相続税が二億五〇〇〇万円ほどかかることになるが、そのうち二割程度の五〇〇〇万円ほど節税できないかとの相談を小畑にしているのを見て、税金に強い中村を思い出し、中村に任せれば、五〇〇〇万円程度の節税方法を考えてくれるのではと思い、小畑にその考えを伝えたものである。架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により、相続税を違法に免れることを考案したのは中村であり、これを認容したのは小畑と藤井である。被告人谷は、小畑と中村の橋渡しをしたにすぎず、その後の犯行は小畑と中村において計画実行されたものである。

三、よって、被告人谷には、脱税を認識した上でその犯罪に加担するまでの意思の連絡は認められず、これを認めた原判決には明らかに判決に影響を及ぼす事実誤認の違法があり、破棄されなければならない。

第二点 原判決の量刑は、重きに失して不当であり、破棄されるべきである。

一、仮りに、被告人谷に違法な方法により脱税をすることまでの認識があって事件に加担したものであるとしても、被告人谷には、以下に述べる如き有利な情状があり、これらを考慮するならば、原判決の刑の量定は重きに失すること明らかである。

二、1、被告人谷は、主犯の小畑と実行犯の中村との仲介役をしただけの従属的役割を果たしたに過ぎない。脱税の額や方法についても、被告人谷の関知しないところで決定されている。

2、被告人谷には、二億二八〇〇万円余もの脱税をする考えは全くなかったのであり、脱税するとしても五〇〇〇万円程度と思っていたに過ぎない。従って、二億二八〇〇万円余の脱税に対する刑責を被告人谷に負わせるのは酷である。

3、被告人谷は、中村について、市とか府に対する陳情要望の仕事等対役所関係の仕事を多く手掛けており、どれ一つとってもトラブルを起こしたことがなく、税金に強いエキスパートと思っていたのであり、まさか、中村が架空債務を計上するなどという稚拙な脱税手段を取り、しかも、その額を四億二〇〇〇万円も計上するなどということは、夢にも思わず、中村の犯行が実行された後になってこのことを知ったというのが実情である。

4、被告人谷は、依頼人の藤井から小畑に対し、いくら金がでたのか全く知らされず、報酬額についても、小畑と中村とで割り振りした後、小畑に決められた額のものをそのまま受け取ったに過ぎない。もちろん、その金額も、小畑や中村よりはるかに少ない額である。

5、よって、被告人谷の刑責の量刑にあたっては、右の如く本事件における被告人谷の果たした従属的役割を十分に考慮して、この犯情にそった量刑をなすべきである。

三、被告人谷は、これまでに罰金刑の前科はあるものの、正式裁判を受けるのは今回が始めてである。勿論、税法違反等の経済事犯の前科はない。長期間同和団体の役員はしているものの、いわゆる同和絡みで事件を起こしたということもない。

四、1、原判決は懲役一年の刑については執行猶予を付したものの、併せて罰金五〇〇万円の刑を言渡した。被告人谷は、本事件によって受領した金員はすべて借財の返済、生活費等に費消しており、現時点において罰金五〇〇万円を完納する資力が全くない。然るところ、懲役刑について執行猶予とされても、このような多額な罰金刑が併科されるならば、被告人にその完納能力がない以上、労役場留置とならざるを得ず、実質的に体刑を執行される結果となる。

2、原判決は、被告人が多額の報酬を得た結果として、罰金を併科されたものと思うが、そもそも被告人はこの報酬として受領した金については、藤井に全額返却すべきが筋であり、その点について被告人も充分心得ている旨、原審法廷にて述べている。

3、よって、原判決の下された如き多額の罰金刑を併加することは、被告人に対し、過大な刑を科するもので不当といわなければならない。

被告人に対する刑責としては、執行猶予付の懲役刑のみで充分と思科する。

以上

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